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NDT(ネザーランド・ダンス・シアター) 刈谷円香インタビュー!

世界最高峰のダンス・カンパニーのひとつ、NDT1のメンバーとして活躍する刈谷円香さん。NDTの来日ツアーに伴い、現在帰国中の彼女にインタビュー! 日本公演とこれまでのキャリア、NDTでの今をお聞きしました。

もともとクラシック・バレエを学び、バレエ留学もされています。コンテンポラリー・ダンスの道に進まれた経緯をお聞かせください。

5歳の時に地元でバレエをはじめて、将来はバレエ・ダンサーになりたいと思っていました。そのために将来は海外へバレエ留学するんだ、という想いが小さい頃から漠然と頭の中にありました。

ただ東京に住んでいたわけでもなく、海外の情報もそんなには入ってこない。海外のバレエ団が来たときはツアーを観に行ったりもしたけれど、コンテンポラリー・ダンスを経験する機会はほぼないに等しい状態でした。

16歳でドイツのパルッカシューレにダンス留学しています。それが私にとってのコンテンポラリー・ダンスの入り口だったと思います。学校はモダンのクラスもたくさんあって、先生の数もカリキュラムの数もバレエと半々くらい。モダンのクラスに関しては、当初ちょっと苦手意識がありました。ただそれもすぐ楽しいなと思えるようになってきて。16歳まで日本でずっとバレエをやってきて、バレエ・ダンサーになりたいと思っていたけれど、こういうダンスの世界もあるんだと知った。せっかくだからもっと学びたいという気持ちがどんどん強くなっていきました。

コンテンポラリー・ダンスの作品を観る機会も増えました。最初は自分が踊るというより、かっこいいな、面白いな、こういうのもあるんだ、という気持ちで観ていた感じです。NDTは学校でも大人気でした。もうみんなの憧れで、よくNDT2のオーディションの話で盛り上がっていましたね。

『La Ruta』2022  ©RAHI REZVANI

イリ・キリアンの作品と出会ったのもこの頃のこと。学校の卒業公演で、ジョージ・バランシンの『セレナーデ』とキリアンの『シックス・ダンス』を踊る機会がありました。そのときキリアン作品を教えに来ていた元NDT1のダンサーの方に「いつかNDTにトライした方がいいよ」と声をかけていただいています。ただその時点で私はチューリッヒ・バレエ・ジュニアのオーディションに受かっていたので、NDTには挑戦せずに終わっています。

実際のところNDTは憧れではあったけれど、ドイツの学校で3年間学んだだけでNDT2のオーディションにトライする準備はまだできてはいない、という想いが自分の中にありました。

卒業と同時にチューリッヒ・バレエ・ジュニアに入団しました。レパートリーはクラシックの延長線で、トゥシューズを履く作品も多く、古典の『白鳥の湖』にも出演しています。

チューリッヒ・バレエ・ジュニアの2年目のときメインカンパニーでキリアン作品を上演することになり、私もサード・キャストとして入ることができました。そのリハーサルをしていたタイミングで、NDT2のオーディションを受けています。

『JAKIE』 ©Rahi Rezvani

NDT2のオーディションを受ける資格があるのは21歳まで。私はその最後の年にチャレンジした形です。

NDT2は毎年オープン・オーディションを行っていて、そのときは300人以上来ていたと思います。オーディションはまずバレエクラスからはじまりました。ただダンサーの人数が多いので、7グループにわけての審査です。バーレッスンと短いセンターあわせて45分の審査があり、そこでまずセレクトされて、私のグループから残ったのは2人だけでした。全部のグループのバレエクラスが終わると、次はNDTのレパートリー審査です。そこでまたセレクトされ、最後に自分で持ってきたコンテンポラリー作品のソロを踊り、最後はインタビューです。

当時のNDT1のディレクターはポール・ライトフットで、NDT2のディレクターはジェラルド・ティブスが務めていました。通常は彼ら2人で合格者を決めるけど、そのときはたまたまジェラルドが体調を崩していて、インタビューもポールひとりと話しています。ポールはすごくポジティブにいろいろ話をしてくれたけれど、やはりひとりでは決められないということで、最終結果は持ち越しになりました。

ジェラルドから電話がかかってきたのはそれから10日後くらい。合格と聞いて、本当にうれしかったですね。チューリッヒ・バレエ・ジュニアで2年間踊って、次のステップはやはりNDT2に行きたいという想いがありました。チューリッヒにゲストで来たキリアンのアシスタントの方も「トライした方がいいよ」と言ってくださったり、チューリッヒ・バレエ・ジュニアのディレクターも背中を押してくださったりと、タイミングよく自然な流れでNDT2に行けた感じです。

『I LOVE YOU, GHOSTS 』リハーサル ©sacha grootjans

NDT2はどのような日々でしたか?

NDT2には私のほか5人が同期で入団しています。NDT2はもう本当に大変でした。NDT2の在籍期間は3年間。その間にいかにプロとしての責任を学んでいくか、経験を通して培っていかなければなりません。

NDT2はNDT1とは全く違うスケジュールで活動していて、朝は9時半からクラスがあって、お昼休憩を挟み、5時半までリハーサルが続きます。公演もNDT2独自のプログラムで、世界ツアーにも出かけます。NDT2のために振付されるクリエイションもあり、そこで作品を理解していくというプロセスを経験し、プロとしての責任感も生まれてきました。

本当に毎日が新しい経験の連続でした。それ以前もコンテンポラリー・ダンスに触れてはきたけれど、感覚的にはもう全然違って、世界が深くて本当に広い。

クリエイションやリハーサルにいかに臨むか、いかにプロセスに打ち込んでいくか。先輩ダンサーたちのスピードと無限のクリエイティビティを目の当たりにして驚きました。みんな才能豊かで、個々の個性があって、みんなひとりひとり違う良さを持っている。個性豊かなダンサーたちと毎日スタジオで一緒に過ごして、みんな違っていいんだということを知りました。NDT2に入ってからはじめて経験したスタイルもたくさんあります。GAGAもそうだし、毎回新しいスタイルと出会うたびに学びがたくさんありました。

『SOLO ECHO』2024 ©Rahi Rezvani

NDT2のスケジュールはとにかくハードで、そこでいかに心身を管理して、どうこなしていくかということも身をもって学びます。

NDT2は同世代のダンサーが集まっているので、オンもオフも一緒に過ごす時間が多くなります。国際ツアーもNDT2は部屋をシェアしなければなりません。そうした中でひとり風邪をひいたらすぐみんなにうつっちゃう。体調もそうですが、精神面の管理も大切です。バーンと落ち込む経験をして、そんななかどうやってこのハードスケジュールをこなすのか。

体調管理に関してはもうトライ・アンド・エラーの繰り返しでしたね。NDT2のメンバーは2人のアプレンティスを入れて18人。最初はカバーで入っていた作品も、2年目、3年目となるとファースト・キャストになり、踊る作品も増えてきます。

だけど、たまには風邪もひくじゃないですか。それでもパフォーマンスをしなければならない。もちろん舞台に立てないくらい体調が悪ければ別で、その場合は休むことになる。またそこで休むという選択もプロとしてしなければいけない。体調が悪いなか踊ることもあって、もうこんな想いはもうしたくない、じゃあどうやって管理しようと考えるようになりました。

自分の身体を知ることと、自分の精神面を知ること。それはNDT2の3年間を通して学んでいったところです。例えばここが弱くてよく怪我するとか、精神的にもこういう時に落ち込みやすいとか、自分のクセというものがある。そんなときこういうことがあったら助けになるとか、自分を知るきっかけになりました。やっぱり舞台は万全な状態で立ちたいし、人間としても健康でいたいという気持ちがある。でもそういうことは直面しないと学ばないもの。本当にいろいろな意味でたくさん経験をして、学んだ、濃い3年間でした。

『I LOVE YOU, GHOSTS 』リハーサル ©sacha grootjans

NDT1は欠員募集で狭き門だと聞きますが、入団はどのような形で決まったのでしょう。

NDT1の所属人数は決まっているので、入団できるダンサーの数は毎年変わってきます。ただたいてい入れ替わりはありますね。当時NDT1はパブリック・オーディションはしていなくて、NDT2から入るか、たまにプライベート・オーディションから入ると人もいました。

NDT2の在籍期間が終わりに近づくとミーティングがあって、NDT1に上がれるかどうか決まります。ただそのタイミングも毎年違って、急遽NDT1のメンバーの入れ替えがあって、ギリギリでNDT1入りが決まった同僚もいましたね。私の場合は12月の時点でポールが「来年一緒に働こう」と声をかけてくださって、スムーズにNDT1入りすることができました。

やっぱりNDT1は違いましたね。NDT1に入る前にNDT2を経験しておけたのは私にとってとてもためになりました。やっぱりNDTは独特のカンパニーなので、そこでNDTの雰囲気も学んで、特色にも早く馴染めた気がします。

はじめてスタジオに行ったとき、ドイツの学生時代からずっとyoutubeで見ていたダンサーがたくさんいて、その方々と一緒に踊るのはすごく不思議な感覚でした。年齢も幅広く、大御所のダンサーだと貫録も違う。彼らとリハーサルや舞台を一緒に重ね、先輩ダンサーから見て学ぶこともたくさんありました。

NDT2の若い身体なら、どんなに舞台で酷使して次の日まだちょっと痛みがあったとしても、まだいけるということもある。けれどNDT1のダンサーを見て、自分の年齢にあったリハーサルの仕方というのを学びました。例えば、どうウォーマップして、どう効率よく動くかというのを知ることができたのは大きかったと思います。

『SOLO ECHO』2024 ©Rahi Rezvani

NDT2とはスケジュールも違います。まず11時からクラスがあって、15分の休憩を挟んでその後がリハーサル。お昼休憩は45分間で、5時45分までリハーサル、というのが基本的なスケジュール。ツアー中は夕方までにリハーサルを切り上げて、場所によってはバスで移動します。途中ディナー・ブレイクがあって、舞台で踊り、バスでまた夜のうちに戻ってきて、次の日はまた11時からクラスがはじまります。

国内だけでなく、海外ツアーもあります。今シーズンは大陸をまたぐ大きなツアーが2つあって、日本ツアーの前にはカナダとニューヨーク・ツアーに行きました。その他にもフランスやドイツなどヨーロッパ内でのツアーも多く、それはオランダ・ツアーのプログラムの間に入ってきます。

休みは基本的に週末で、平日はなかなか自由になる時間はありません。週末に2日休みが続けてある場合は、1日は掃除や洗濯、料理をしたりと、家のことであっという間に終わってしまいます。あとは友達と会ったり、ジムに行ったり……。

NDT2に入団して10年、NDT1に入ってから7年が経ちました。ここ数年ダンサーの入れ替わりもすごく激しく、20代のダンサーが増えていて、今は1番上のダンサーで30代後半ぐらい。NDT1に入ったときは自分自身まだまだ若いなと思っていたのが、だんだん中堅になってきて、あっという間にシニア・ダンサーになっていた。なんだかすごく不思議です。

『La Ruta』2022  ©RAHI REZVANI

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