Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(4)
アルビレックス新潟vs横浜Fマリノス試合前イベント
演出振付:金森穣
出演:青木尚哉、井関佐和子、佐藤菜美、島地保武、高橋聡子、高原伸子、中野綾子、平原慎太郎、宮河愛一郎、山田勇気
日程:2005年10月22日
会場:ビックスワンスタジアム
新潟市にあるビッグスワンスタジアムでのイベントに出演しています。
試合がはじまる前にグラウンドに出て行って、サッカー場で踊りました。かなりしんどい作品で、息もキレキレで、みんなで必死に踊っていた。でも広いグラウンドです。お客さんからは米粒くらいにしか見えていなかったと思います(笑)。
『NINA―物質化する生け贄』
演出振付:金森穣
出演:青木尚哉、井関佐和子、佐藤菜美、島地保武、高橋聡子、高原伸子、中野綾子、平原慎太郎、宮河愛一郎、山田勇気
初演:2005年11月25日
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)、富山市芸術文化ホール オーバード・ホール(富山)、梅田芸術劇場(大阪)、札幌市教育文化会館(北海道)、新国立劇場(東京)、仙台市民会館(宮城)、静岡芸術劇場(静岡)
『NINA―物質化する生け贄』の初演はNoism設立2年目で、カンパニーの代表作のひとつとなりました。
『NINA』の創作がはじまる半年ほど前のことでした。穣さんがひとりで静岡まで行き、鈴木忠志さんと出会い、鈴木さんの作品を観て、大興奮して帰ってきた。春休みに入るとすぐ、穣さんに「佐和子、スタジオに行こう!」と言われました。「鈴木さんから影響を受けたことをいろいろ試してみたい。身体をリサーチしたい」とのことです。興奮していた穣さんを見て、こちらもワクワクしました。
まず歩きのリサーチからはじめました。キーワードにしたのは、緊張と放射。いかに緊張感のある身体でエネルギーを放出できるか。一瞬も身体が緩む瞬間のない状態で、何ができるか模索していきました。踵から普通に歩き、この瞬間に身体が抜けた、じゃあ抜けないようにするためにはどこに力を入れたらいいんだろう、どこに集中すればいいんだろうーーと、ひとつひとつ確認していく作業です。ひたすら2時間歩いた日もありました。椅子から立つ動きにしても、立つとき瞬間的によっこいしょと抜ける。よっこいしょとならないためにはどうすればいいかと、外からの目と内側の感覚を照らし合わせていきました。身体とだけ向き合い続けていきました。
あのときは確かに何かが生まれた手応えがあった。作品が生まれたというより、身体そのものの何かが生まれた感覚です。Noismメソッドが生まれた瞬間だった気がします。
ちなみに、タイトルはドラマ『24 –TWENTY FOUR-』からとったもの。当時私と穣さんがハマっていて、朝の3時まで平気で見ては、睡眠不足のまま稽古に行く日々でした。若かったですね。ドラマに出てくるニーナ・マイヤーズがとてもすてきだった。彼女のアンドロイド的な冷たさがぴったりということで、タイトルに『NINA』とつけました。
りゅーとぴあの初演に先駆け、「no・mad・ic project [festival]」で井関さんが『NINA』のプロトタイプを踊っています。
「no・mad・ic project [festival]」は穣さんが手がけたプロジェクトで、その年の夏休み、小尻健太や安藤洋子さんなど当時海外にいた人たちを集めて作品を上演しています。穣さんとの模索で見つけたものをそこでやってみようということで、『NINA』を10分のソロに仕上げました。ただアプローチの仕方は今とは少し違って、ガチガチに固まっていて石のような状態でしたね。観客からしても、やはり異質な作品だったようです。「動く」ということを前提とした舞踊を観に来たはずなのに、観ている側も緊張感を煽られ、張り詰めた空気になっていた。踊り終わった後、静寂からの拍手の大きさに自分でも驚きました。
プロトタイプから発展して、『NINA―物質化する生け贄』ができました。初演当初は2幕構成で、1時間半くらい踊り続けています。
舞台は四方が幕に囲われていて、私たちは舞踊家はまず幕を持ち上げて舞台にあらわれ、幕を自分の背面に落とします。幕の下部には動かないようおもりが置かれています。おもりには幕を落とした際に鳴る効果音のために太いチェーンが入れられていて、かなりの重さがある。それを登場するたびに持ち上げなければいけません。最後に私が舞台奥に行き、立っている私の目の前で幕が落ちる。そのとき「任務完了」といつも心中で唱えていたのを覚えています。
『Triple Bill』が第1クールなら、『NINA』が第2クールで、ここからNoismが本当にはじまった。スタートに1年半近くかかりました。宮河愛一郎や山田勇気、高原伸子も入ってきて、Noismとはこうだ、というものができはじめた時期だった気がします。
「能楽堂公演」
『side in / side out – 1st part』
演出振付:金森穣
出演:青木尚哉、井関佐和子、金森穣
『Untitled』
演出振付:金森穣
出演:佐藤菜美、高橋聡子、高原伸子、平原慎太郎、山田勇気
『Lento e Largo』
演出振付:金森穣
出演:中野綾子、平原慎太郎
『Cantus』
演出振付:金森穣
出演:青木尚哉、井関佐和子、佐藤菜美、高橋聡子、高原伸子、中野綾子、平原慎太郎、宮河愛一郎、山田勇気
『play 4:38』
演出振付:金森穣
出演:青木尚哉、井関佐和子、佐藤菜美、高橋聡子、高原伸子、中野綾子、平原慎太郎、宮河愛一郎、山田勇気
初演:2006年2月16日
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈能楽堂〉(新潟)
りゅーとぴあの能楽堂を舞台にした唯一の公演でした。
穣さんの古い作品をいくつか上演しています。ただ能楽堂は普通の舞台とサイズが違い、能楽堂の三間四方の空間に合わせて変更しています。能楽堂は特別な空間で、足袋でないと舞台に上がれないので、許可を得て舞台にリノリウムを敷きました。照明もあまりたくさん吊ることができず、いろいろな意味で能楽堂を舞台にするのは大変です。
私が出演したのは『side in / side out - 1st part』。穣さんがヨーテボリ・バレエ団に振付けた作品で、音楽はドビュッシー『牧師の午後への前奏曲』を使っています。衣裳は三原康裕さん。私は花柄のワンピースで、お気に入りの衣裳です。
能楽堂ではお面をつけて踊っています。お面自体はヨーテボリのときから使っていて、その後いろいろな作品に出てくるようになりました。お面をつけると視界が狭くなって、すごく踊りにくい。だから工夫が必要で、例えばお面の裏の鼻の部分にスポンジを入れて、少しお面を浮かして視野を確保するようにしています。
通常のシーンはお面にゴムをつけて頭に固定させるけど、お面を落とすシーンはゴムはつけず、お面から出た棒を口で噛んでいます。噛みながら踊って、最後にぽとっと落とす。お面があると、顔の表情というより、身体の表情が感じられる。顔の角度ひとつで面の表情が変わる。当時はまだ能楽堂で踊ること、面をつけて踊ることの本質に気づいていませんでしたね。今では能楽にまつわることをいろいろ学び、触発されることが多くなり、当時の自分に教えてあげられることがたくさんある。この年齢になり、またあの特殊な空間で舞ってみたいと思っています。
プロフィール
井関 佐和子
Sawako ISEKI
Noism Company Niigata国際活動部門芸術監督 / Noism0
舞踊家。1978年高知県生まれ。3歳よりクラシックバレエを一の宮咲子に師事。16歳で渡欧。スイス・チューリッヒ国立バレエ学校を経て、ルードラ・ベジャール・ローザンヌにてモーリス・ベジャールらに師事。’98年ネザーランド・ダンス・シアターⅡ(オランダ)に入団、イリ・キリアン、オハッド・ナハリン、ポール・ライトフット等の作品を踊る。’01年クルベルグ・バレエ(スウェーデン)に移籍、マッツ・エック、ヨハン・インガー等の作品を踊る。’04年4月Noism結成メンバーとなり、金森穣作品においては常に主要なパートを務め、日本を代表する舞踊家のひとりとして、各方面から高い評価と注目を集めている。’08年よりバレエミストレス、’10年よりNoism副芸術監督を務める。22年9月よりNoism Company Niigata国際活動部門芸術監督。第38回ニムラ舞踊賞、令和2年度(第71回)芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
Noism
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動する、日本初の公共劇場専属舞踊団。プロフェッショナル選抜メンバーによるNoism0(ノイズムゼロ)、プロフェッショナルカンパニーNoism1(ノイズムワン)、研修生カンパニーNoism2(ノイズムツー)の3つの集団があり、国内・世界各地からオーディションで選ばれた舞踊家が新潟に移住し、年間を通して活動。2004年の設立以来、りゅーとぴあで創った作品を国内外で上演し、新潟から世界に向けてグローバルに展開する活動(国際活動部門)とともに、市民のためのオープンクラス、学校へのアウトリーチをはじめとした地域に根差した活動(地域活動部門)を行っている。Noismの由来は「No-ism=無主義」。特定の主義を持たず、今この時代に新たな舞踊芸術を創造することを志している。https://noism.jp/






