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熊谷拓明『上を向いて逃げよう』インタビュー!

踊る『熊谷拓明』カンパニーの熊谷拓明さんが、この秋新作『上を向いて逃げよう』を発表。踊りあり、歌あり、芝居ありのダンス劇をもって、ユーモア溢れる熊谷ワールドを繰り広げます。開幕に先駆け、リハーサル中の熊谷さんにインタビュー! 創作の経緯と活動についてお聞きしました。

この秋初演を迎える熊谷さんの新作ダンス劇『上を向いて逃げよう』。本作のテーマ、創作のきっかけになったものとは?

熊谷>作品をつくるときはいつもタイトルから決めています。『上を向いて逃げよう』というタイトルにしようと考えたのは昨年の秋のこと。10月に上演したソロ公演のパンフレットにすでに次作の予定として載せていて、告知をしてしまったことで自分の尻を叩いているところもありますね(笑)。

 

 

僕は今年39歳になりますが、“きっとそのうち自分が納得するところに上がっていくんだろうな”と甘く考えながら30代前半をずっと過ごしていたんです。けれど30代も終わりそうな今になって甘く思い描いていた自分にすらなっていないことに気付き、これはなかなか大変なことだぞとふいに実感させられて。

加えて最近はたまたま話をした人が同じ歳だけど二児のパパだったりと、いわゆる社会の仕組みにのっとってしっかり大人になっている人と出会うことも増えてきた。もちろん他人は自分とは違う道を進んでいる訳で、もしかすると当の本人にとってはそうではないかもしれないし、何をもって大人と言うかはわからない。でも自分の物差しで計ったときに、ちょっと先に進んでいる人、先に大人になっている人と出会っては、引け目を覚える瞬間がだんだん増えつつあるのを感じてました。

じゃあ軌道修正して自分が思う大人になるべく何かを始めて何かを辞めるのか、それとも何かを見ないフリしてこの道を進んでいくのかーー。この作品に出てくるのは、そんな上を向いて逃げている人たち。周りからすると“大丈夫?”という生き方であっても、当人たちにとっては意外とそうでもないかもしれない。逃げることを肯定するじゃないけれど、“逃げる”ではなく“逃げよう”とすることで、意思として何かをシャットダウンしようと決めた人たちの話なのかなと思っています。

 

熊谷拓明『上を向いて逃げよう』

 

作・振付・演出の全てをご自身で手がけています。創作はどこから着手しているのでしょう?

熊谷>まず台本を書き上げます。普通は脚本家が書いた台本をもとに演出家が演出をつけるけど、僕の場合はどちらも自分でやっているので両方の要素が入ったものになる。こう思ったからこう動くということが書いてあるので、どこか小説っぽくもあったりと、ちょっと特殊な台本かもしれません。

いわゆる読み合わせはせずに、“今日はこのト書きの部分をやってみよう”と言っては、みんなで台本を見ながら進めています。台本通りの順番ではなく、とびとびで、まずはパーツごとにシーンをつくっていく感じ。台本に結末はなくて、書いてあるのも全体の7割くらい。導入とその後の流れは台本にあるけれど、結末に関してはリハーサルをしながら探していきます。

 

熊谷拓明『上を向いて逃げよう』

 

今回もそうですが、台本を書く時はあて書きが多いですね。松田尚子さんと原田茶飯事くんのふたりはこれまでもたびたびご一緒してるので、“こんなことをして欲しい”というものがある程度頭にありました。岡本優さんは今回初めてお願いしたので、まず僕の中にあるイメージで書き進めていった形です。あて書きをするときはあまりきっちり思い描かずに、イメージ程度に留めておくようにしています。

松田さんや原田くんにしても以前から知っているとはいえ、その時々の彼らの状態というものがあるし、僕が思い描いていたものとは違う形で彼らが月日を重ねている場合がある。実際リハーサルに入ってみると、“想像した通りだな”ということもあれば、“ああ意外とそうなんだ”という発見もあって、その都度彼らに合わせて軌道修正しながら進んでいます。

結末に手をつけないのもそのためで、最初から希望は持って進んでいくけど、それはあくまで希望だからそうはならなかったりもする。それに僕の中で“こう終わりたいんだ”という意思がありすぎると、そこに向かえなくなりそうだとなったときの空気があまりよろしくないというか。実際彼らに物語を寄せていくと、いつのまにかするっと最後が出てくる場合がよくあって。みんなが向かっている空気を取り入れながら最後を見つけていく方が、僕としては気がラクではありますね。

 

熊谷拓明『上を向いて逃げよう』

 

踊りだけでなく、喋りもすれば歌も歌ったりと、熊谷さんの作品はキャストに多様な要素が求められます。熊谷さんがキャストを選ぶときの基準、重視しているものとは?

熊谷>声の比重が大きいですね。僕の勝手な考えですけど、声が自然な人=声にウソがない人、という気がしていて。声帯がちょっと開けているというか、声が出やすいというのとはまた違って、精神的に開けた声帯の人、声を聞いて“大丈夫だな”と思える人は踊ってみても大丈夫。声や喋り方にウソがない人って、踊っていてもウソがない人だと思うんです。声帯も結局のところ筋肉であって、声帯というのはある意味筋肉のはじまりなんじゃないかと思う。だから僕自身も本番前にストレッチはあまりせず、発声ばかりしています。

今回のキャストの方々も選ばれた声の三人です(笑)。松田さんはもう長い付き合いだけど、昔から変わらず声が自然なんですよね。岡本さんもすごくすてきな声をしていて、歌声を聴いたのは初めてでしたけど、思った以上に上手くて驚きました(笑)。

 

熊谷拓明『上を向いて逃げよう』

 

芝居や歌といった要素と踊りのバランスをどのように考えていますか?

熊谷>以前は“ちょっと踊りが少ないな”とか“言葉が多いな”とバランスを見ては、間引いたり足したりしていた時期もありました。というのも踊りの本質とは何かと考えたとき、お客さんの中に選択肢がたくさん広がる受け渡し方ができることが大切なのではないかと考えていて。

その選択肢が言葉によって狭められてしまったり、決めつけたものを投げることで踊りのいいところがかき消されてしまうのを避けたいという気持ちがあったんです。でも最近は台本の時点で余計な言葉を排除して、現場ではあまりバランスは気にせずつくっています。言葉を使ってなお、お客さんの中に選択肢が広がっていけばいいなと思っています。

 

熊谷拓明『上を向いて逃げよう』

 

 

-コンテンポラリー