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カラス・アパラタス三周年! 勅使川原三郎インタビュー。

2013年7月、荻窪にオープンしたカラス・アパラタス。勅使川原三郎率いるKARASの拠点であり、館内のホールではダンスシリーズ『アップデイトダンス』の連続公演を行うなど、オープン以来精力的に活動を続けています。この夏迎える三周年記念公演を前に、主宰の勅使川原さんにインタビュー。これまでの三年間と、今後の展望についてお聞きしました。

これだけ公演が続くと、アイデアが枯渇するようなことはないですか?

勅使川原>僕はもう十分生きていますから、興味のあることがすでにたくさんあります。ずっと前から構想していたこと、気になっていたこと、こういうことをやりたいと思っていたことなど、スタートを待っているストックがいっぱいある。その中から“今回はこれを作品にしよう”ということで、具体的に動きはじめる。すでに発想しているものがあるので、困ることはないですね。

僕がダンスを始めたのは20歳で、創作を始めたのが30歳頃。その間の10年間は練習しかしていなかった。バレエの稽古をしつつ、自分自身のメソッドを考えるだけの日々があった。それまで生きてきた時間というのは自分にとって興味のあるものをいっぱい見聞きし、体験して、こういうことをやってみたいというものを養う時間でもあったのです。

作品を創りはじめてまだ30数年です。その前に出会ったことを掘り起こしたら本当にたくさんある。小説、哲学、美術、映画、社会の現象、自然界のこと……。今自分が何を一番気にして生きているのか、何のために次の作品があり得るのか、いつも問い続けている。そうすると以前感じた何か、大事だと思ったことが、今まさにやるべきことだと明快な答えとなってあらわれる。作品を創るために“さて何を題材にしようか”ときょろきょろするような状態ではなく、やりたいことがすでにあるので、あとは準備してそれを出せばいい。もちろんその時々で目の前で起こっていることに対する切羽詰まった感覚も持っていて、それも大事にしています。浮世離れした夢みたいなものを踊りたいわけではなくて、生きている上で大事だと思えること、それを確かに感じられるものを作品にしたい。もうすでに自分のなかにあるものですが、“それを作品にすべきは今だ”という強い気持ちで創作しています。

 

『トリスタンとイゾルデ』©KARAS

『トリスタンとイゾルデ』©KARAS

長い時間をかけ、ダンスという芸術に昇華しているわけですね。

勅使川原>その通りです。たった今話していることも、もう何年も時間を費やしたからこそ話せるということがある。そのときは何と言えばいいかわからなかったものが、数十年経って“こういうことを感じていたんだ”と気付いたりする。

例えば僕が初めて“自分は生きているんだ”と実感したのは10歳のときで、ものすごい衝撃を受けたのを覚えています。それまでは穴の中から世界を覗いているような感覚だった。けれどみなさんと同じように自分もここに存在しているのだと実感したとき、“果たして自分は生きていけるんだろうか”というとてつもない恐ろしさを感じました。身体の存在を実感したときの衝撃が長い間残っていて、いなかったかもしれない人として出発している意識がある。自分は実際に生きていたのか、自分は生きていていいのだろうかと思った。それはまた自分がダンスをしていることと密接に感じられる部分があって、その後ダンスで表現をするようになってから、果たして自分が一番言いたいことは何なのか、自分は人前で踊ることで何を言いたいのかと考えるようになった。

自己主張したり自分をみせびらかしたりしたいのではなく、密かに感じていたことに光をあてていく。動きにすることによって、実際に生きているということを形作る、生きているという時間を明らかにしたい。疑問かもしれないし、叫びかもしれない。ただ少なくともそこでは明快な答えとしてのダンスをしたい。私たちはこういうことを思っていますというダンスをしたい。それは必ずしも最終結論ではないかもしれません。けれど、一番正しい正解を言うために作品を創るのではなくて、そこでひとつの在り方としての答えを提出すべきだと考えています。一番正解だろうというものをきれいにコーティングして、“どうぞお楽しみ下さい”という見せ方は自分にはできない。人は答えを求められたとき、何が良い答えかどうかをまず考えてしまう。そうではなくて、不完全な状態でもいい、今の自分にとって精一杯の答えだったらそれを言っていいのではないかと思う。だから稽古をすることはとても大切であり、同じように考えることが大事だと思っています。

 

『ハムレット』©KARAS

『ハムレット』©KARAS

 

練習していれば気持ちや身体が鍛えられ、それにより伝わりやすいものになるかもしれないという想いもあります。時間がかかることではあるけれど、そこに付き合えたらいいなと思うし、むしろ時間がかかることをやりたい。すぐ答えが出るようなことなら他の人でもできるだろうし、もし時間がかけられるなら自分なりの時間のかけ方をさせてほしい。科学者や研究者は時間をかけるのが仕事だけれど、そこにもタイムリミットはあって、これ以上はだめだと言われますよね。僕はそれがとても苦手で、時間の制限というのがどうにかならないものかと思う。時間をかけていいということを、何とか高い価値にできないだろうかと考えてしまう。

現代は早い方がいいという風潮があるじゃないですか。だけど、早すぎるとよくないという考えがあってもいいと思うんです。時間をかけていい、真剣に時間を費やすことに価値があるという、結果論ではない価値観がもっと世の中にあったらと思います。短時間で儲かったとか、株価がどうだと一喜一憂しているよりも、長い時間をかけていいと思えるものを持てる人の方が僕は幸せだと感じます。より芸術的なこと、美しいことを、時間をかけて見つける作業はとても価値のあることであり、その気持ちを共有できたらもっと世の中はきれいだと思う。何度もくり返していいという時間のかけ方が大事であり、即座に答えは出ないけど継続して感じられること、時間をかけることを許せる場所にアパラタスがなればと思っています。

 

『ペレアストメリザンド』©KARAS

『ペレアストメリザンド』©KARAS

アップデイトダンスシリーズで生まれた要素を他の劇場公演で発見することが多々あり、その名の通り日々進化しているのを興味深く感じます。

勅使川原>何十年も前から密やかに抱えていたものをアップデイトダンスで作品にして、それをまたシアターXや東京芸術劇場などで上演する。東京芸術劇場で発表した『第2の秋』もアパラタスで上演した作品をもとにしていたり、どこかで連なっているんです。

アパラタスは稽古場というより大きな劇場との間にあるもの、それに匹敵する価値のある公演、もっと言えばそれ以上に大切なものをやりたい。お互いが存在しているからこそ価値があるという活動の在り方が可能だと思っています。最近は欧米やアジアの方々も興味を持ってくれていて、海外に持って行く大きなツアー作品とアパラタス規模の作品を同時並行で上演してほしいと言われます。それは至近距離で行うこのパフォーマンスの価値が認められてきている証だと思います。

去年オーレリー・デュポンがアパラタスに遊びに来ましたが、“いいところね!”なんて言いながら写真を撮っていましたよ。規模は小さいけれど、荻窪から世界的な作品が生まれているという想いを持って活動をしています。

 

『月の月』©KARAS

『月の月』©KARAS

 

 

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